こんにちは!音楽制作の世界に足を踏み入れた皆さん、そしてLogic Proを愛用するクリエイターの皆さん。今回は、Logic Pro Xに標準搭載されているパワフルなプラグイン、EVOC 20 Filterbankについて徹底的に掘り下げていきます。ロボットボイスでお馴染みの「ボコーダー」としてだけでなく、多彩なフィルターエフェクトとしても使えるこの万能ツール。その基本から応用まで、具体的な使い方と活用術を詳しく解説していきます。
EVOC 20 Filterbankとは? – 多彩なサウンドを生み出す魔法の箱
EVOC 20 Filterbankは、一言で言えば「音の特性を別の音に適用する」エフェクトプラグインです。最も有名な使い方は、人間の声(モジュレーター)の周波数特性を使って、シンセサイザーの音(キャリア)を喋っているかのように変化させる「ボコーダー」効果でしょう。Daft Punkのようなロボットボイスや、往年のエレクトロニックミュージックで聴かれる特徴的なサウンドは、この仕組みを利用しています。
しかし、EVOC 20の魅力はそれだけではありません。名前の通り「Filterbank(フィルターバンク)」としての機能も強力です。入力されたサウンドを多数の周波数帯(バンド)に分割し、それぞれのバンドの音量をコントロールすることで、非常に複雑でダイナミックなフィルタリングを可能にします。さらに、内蔵のシンセサイザー機能を使えば、外部からのキャリア信号なしでもユニークなサウンドテクスチャを生成できます。
EVOC 20の主な特徴
- 高精度なボコーダー機能
- 最大20バンドのフィルターバンク
- 内蔵オシレーター(ノイズ、FM、フォルマント)によるキャリア生成
- 詳細な分析・合成パラメータ
- サイドチェーン入力対応
- 柔軟なモジュレーションマトリクス
- ステレオ幅の調整機能
EVOC 20の基本的な仕組み – モジュレーターとキャリア
EVOC 20を理解する上で最も重要なのが、「モジュレーター(Modulator)」と「キャリア(Carrier)」という2つの信号の役割です。この2つの信号がどのように相互作用するのかを知ることが、EVOC 20を使いこなす第一歩となります。
モジュレーター (変調) 信号
モジュレーターは、サウンドの「特徴」や「形」を提供する信号です。ボコーダーとして使う場合、通常は人間の声(ボーカル)がモジュレーターになります。EVOC 20は、このモジュレーター信号の周波数スペクトラム(どの周波数帯域がどれくらいの音量か)をリアルタイムで分析します。
ボーカル以外にも、ドラムループ、パーカッション、リズミカルなノイズなど、時間的に変化する豊かな周波数成分を持つサウンドであれば、モジュレーターとして面白い効果を生み出すことができます。
キャリア (搬送) 信号
キャリアは、実際に「鳴る」音、つまりサウンドの「素材」となる信号です。ボコーダーの場合、シンセサイザーの持続音(パッドやリードなど)がキャリアとしてよく使われます。EVOC 20は、分析したモジュレーターの周波数特性に従って、キャリア信号の各周波数バンドの音量を変化させます。
これにより、例えばシンセサイザーの音が、まるでボーカルのように「喋っている」かのような効果が得られるわけです。キャリア信号は、倍音成分が豊かであるほど、モジュレーターの特性を反映しやすくなります。ノコギリ波や矩形波、FMシンセシスによる複雑な波形などが適しています。
EVOC 20には内蔵オシレーターもあるため、外部からキャリア信号を入力せずに、プラグイン内部で生成することも可能です。
サイドチェーン設定の重要性
ボコーダーとしてEVOC 20を使用する場合、サイドチェーン設定が不可欠です。Logic Proでは、通常、キャリアとなる音源(シンセサイザーなど)のトラックにEVOC 20をインサートし、モジュレーターとなる音源(ボーカルなど)をサイドチェーン入力として設定します。
ポイント: サイドチェーン設定手順
- キャリア信号となるトラック(例:シンセトラック)にEVOC 20をインサートします。
- EVOC 20プラグインウィンドウ右上の「Side Chain」メニューをクリックします。
- モジュレーター信号となるトラック(例:ボーカルトラック)をリストから選択します。
- EVOC 20のインターフェース左上にある「Signal」セクションで「Voc」モードを選択します。
これで、ボーカルトラックの信号がEVOC 20のモジュレーター入力として送られ、シンセトラックの音がキャリアとして変調されるようになります。
EVOC 20のインターフェースと主要パラメータ解説
EVOC 20のインターフェースは、いくつかのセクションに分かれています。それぞれのパラメータを理解することで、より狙い通りのサウンドメイキングが可能になります。
Analysis (分析) セクション
このセクションでは、モジュレーター信号(またはフィルターバンクモード時の入力信号)の分析方法を調整します。
- Signal: 入力モードを選択します。「Voc」はボコーダーモード(サイドチェーン入力を使用)、「Synth」は内蔵オシレーターをキャリアとして使用、「Input」はフィルターバンクモード(インサートされたトラックの音を直接処理)です。
- Input Level: モジュレーター信号の入力レベルを調整します。適切なレベルに設定することが重要です。
- Hi Pass: モジュレーター信号にかかるハイパスフィルター。不要な低域成分をカットし、明瞭度を上げることができます。
- Emphasis: モジュレーター信号の高域成分を強調します。子音などの明瞭度を改善するのに役立ちます。
- Sensitivity: モジュレーター信号の変化に対する感度を調整します。
Synthesis (合成) セクション
ここでサウンドの核となる合成処理が行われます。キャリア信号の生成やフィルターバンクの設定を行います。
Oscillator (オシレーター) 部
「Signal」が「Synth」または「Voc」の場合、ここでキャリア信号の元となる波形を選択・調整します。
- Oscillator Type: キャリア波形のタイプを選びます。
- Noise: ホワイトノイズまたはピンクノイズを生成。パーカッシブな効果や特殊効果向き。
- FM: 2オペレータのFMシンセシス。RatioとDepthで複雑な倍音を持つ波形を作成できます。倍音が豊かなのでボコーダーのキャリアに適しています。
- Formant: フォルマントフィルターを持つオシレーター。人の声のような特性を持つサウンドを生成できます。
- (FM/Formant固有パラメータ): 選択したオシレータータイプに応じたパラメータが表示されます(Ratio, Depth, Formant Shift, Vowelなど)。
Filterbank (フィルターバンク) 部
EVOC 20の心臓部とも言えるフィルターバンクの設定です。
- Bands: フィルターバンクのバンド数を5から20の間で設定します。バンド数が多いほど、より詳細な周波数特性の再現が可能になりますが、CPU負荷も上がります。
- Bandwidth (Q): 各フィルターバンドの幅(Q)を調整します。値を小さくするとシャープな特性、大きくすると緩やかな特性になります。
- Range: フィルターバンクがカバーする周波数レンジを調整します。
- Shift: フィルターバンク全体の周波数を上下にシフトさせます。サウンドの音色を大きく変化させることができます。
- Resonance: 各フィルターバンドのレゾナンス(共振)を調整します。強調すると、より特徴的なサウンドになります。
Unvoiced (無声音) 処理
ボコーダー使用時に、「s」や「t」、「k」といった無声音(破裂音や摩擦音)の明瞭度を改善するための機能です。
- Threshold: 無声音として検出する信号レベルの閾値を設定します。
- HPF (High Pass Filter): 検出された無声音成分に適用されるハイパスフィルターの周波数を設定します。
- Blend: 検出された無声音成分(通常はノイズ)を、ボコーダー処理されたサウンドにどれだけミックスするかを調整します。
ボコーダーを通すと、言葉の明瞭度が失われがちです。特に子音は聞き取りにくくなります。Unvoicedセクションを適切に設定することで、「サ行」や「タ行」などの発音をクリアにし、聞き取りやすいボコーダーサウンドを作ることができます。Emphasisパラメータと合わせて調整すると効果的です。
Output (出力) セクション
最終的なサウンドの調整を行います。
- Mix: 原音(Dry)とエフェクト音(Wet)のバランスを調整します。ボコーダーとして使う場合は通常100% Wetにします。フィルターバンクとして使う場合は、ミックス具合で効果を調整できます。
- Release: モジュレーター信号がなくなった後、エフェクト音が減衰するまでの時間を調整します。長くすると、より滑らかなサウンドになります。
- Formant Stretch: フォルマント(サウンドの音色特性を決定する周波数ピーク)の間隔を広げたり狭めたりします。サウンドのキャラクターを変化させるのに使えます。
- Stereo: 出力されるサウンドのステレオ幅を調整します。
Modulation Matrix (モジュレーションマトリクス)
EVOC 20の隠れた強力機能です。LFOやエンベロープフォロワーなどのモジュレーションソースを使って、EVOC 20内の様々なパラメータを動かすことができます。これにより、非常にダイナミックで複雑なサウンドデザインが可能になります。
例えば、LFOでフィルターバンクのShiftパラメータを揺らしたり、エンベロープフォロワーでモジュレーター信号の音量変化に応じてResonanceを変化させたりといった、高度な音作りが可能です。
EVOC 20の主な使い方と活用例
EVOC 20はその多機能性から、様々な使い方が考えられます。ここでは代表的な活用例をいくつか紹介します。
使用例1: 定番!ロボットボイスの作り方
- ボーカルトラックと、キャリアとなるシンセトラック(持続音系のパッドなどがおすすめ)を用意します。
- シンセトラックにEVOC 20をインサートします。
- EVOC 20のサイドチェーン入力にボーカルトラックを設定します。
- EVOC 20のSignalを「Voc」に設定します。
- AnalysisセクションのInput LevelやEmphasis、SynthesisセクションのBandsやResonance、Unvoicedセクションなどを調整して、好みのロボットボイスに仕上げます。キャリアとなるシンセの音色を変えるだけでも、ボイスのキャラクターが大きく変わります。
ポイント: キャリアに使うシンセの音色は、ノコギリ波や矩形波など倍音を多く含むものが、言葉の明瞭度を出しやすい傾向にあります。
使用例2: フィルターバンクとしての活用
- 任意のトラック(シンセ、ギター、ドラムループなど)にEVOC 20をインサートします。
- Signalを「Input」に設定します。このモードではサイドチェーン入力は不要です。
- FilterbankセクションのBands, Bandwidth, Range, Shift, Resonanceを調整して、サウンドをフィルタリングします。
- Modulation Matrixを使ってLFOなどでパラメータを動かせば、リズミックなフィルターエフェクトや、過激なワウ効果なども作れます。
- Mixノブで原音とエフェクト音のバランスを取ります。
ポイント: Bandsの数を変えるだけでも、フィルターのかかり具合が大きく変化します。少ないバンド数だと大雑把な、多いバンド数だと緻密なフィルタリングが可能です。
使用例3: ドラムループでシンセパッドにリズムを加える
- 持続音系のシンセパッドトラックを用意します。
- リズム感のあるドラムループトラックを用意します。
- シンセパッドトラックにEVOC 20をインサートします。
- EVOC 20のサイドチェーン入力にドラムループトラックを設定します。
- Signalを「Voc」に設定します。
- AnalysisとSynthesisセクションを調整します。ドラムループのリズムパターンに従って、シンセパッドがリズミカルに断続するような効果が得られます。Releaseタイムの調整が重要です。
ポイント: ドラムループの代わりに、パーカッションループやリズミカルなノイズなどを使っても面白い効果が得られます。
使用例4: 内蔵オシレーターを使ったサウンドデザイン
- インストゥルメントトラックにEVOC 20をインサートします(MIDI FXとしてではなく、Audio FXとして)。
- Signalを「Synth」に設定します。
- Oscillatorセクションで好みの波形(Noise, FM, Formant)を選択し、パラメータを調整します。
- Filterbankセクションでサウンドの音色をさらに加工します。
- この状態では外部からの入力なしに、EVOC 20自体が音源のように振る舞います。ただし、トリガーとなる信号(例えば無音のオーディオリージョンや、微かなノイズ)がトラックにないと発音しない場合があります。もしくは、トラックに何かオーディオを入力し、Mixを100% Wetにすることで、入力信号をトリガーとしながら内蔵オシレーターのサウンドを出力させることも可能です。
- Modulation Matrixを活用すれば、さらに複雑なテクスチャやドローンサウンドを作成できます。
使用例5: ボーカル以外の素材への応用
EVOC 20はボーカルだけでなく、様々な素材に応用できます。
- ギター: ギターサウンドをモジュレーター、シンセをキャリアにして、トーキングモジュレーターのような効果を作る。
- ベース: ベースラインをモジュレーターにしてノイズをキャリアにすると、リズミカルなノイズパーカッションが生成できる。
- 環境音: 雨音や街のノイズなどをモジュレーターにしてパッドサウンドをキャリアにすると、アンビエントなテクスチャが作れる。
発想次第で、ユニークなサウンドを無限に生み出すことが可能です。
EVOC 20を使いこなすためのヒントと注意点
EVOC 20は非常に多機能ですが、それゆえに最初は戸惑うこともあるかもしれません。ここでは、より効果的に使いこなすためのヒントと注意点をいくつか紹介します。
明瞭度を上げるコツ
ボコーダーとして使用する際、言葉の明瞭度を確保するのは重要な課題です。
- Unvoicedセクションの活用: Threshold, HPF, Blendを適切に設定し、子音を補強します。
- AnalysisセクションのEmphasis: モジュレーターの高域を強調することで、明瞭度が向上することがあります。
- キャリア信号の選択: 倍音成分が豊かなキャリア(FMシンセ、高域が豊かなパッドなど)を選ぶと、言葉が聞き取りやすくなる傾向があります。
- 後段でのEQ処理: EVOC 20の後段にEQをインサートし、明瞭度に影響する中高域(2kHz〜5kHzあたり)を少しブーストするのも効果的です。
キャリア信号の選び方
キャリア信号の音色が、最終的なサウンドのキャラクターを大きく左右します。
- 豊かな倍音: 前述の通り、倍音が多いほどモジュレーターの特性を反映しやすくなります。
- 持続性: ボコーダー効果を安定して得るためには、ある程度持続するサウンドが適しています。パッド系サウンドが定番です。
- 実験: 定番にとらわれず、様々なシンセサウンドやサンプルをキャリアとして試してみましょう。予期せぬ面白い結果が得られることもあります。
サイドチェーン信号のレベル調整
サイドチェーン(モジュレーター)信号のレベルは非常に重要です。レベルが小さすぎるとEVOC 20がうまく反応せず、効果が薄くなります。逆に大きすぎると歪んでしまい、不快なサウンドになる可能性があります。
AnalysisセクションのInput Levelメーターを見ながら、適切なレベル(ピークで黄色〜オレンジ色に触れる程度)になるよう、モジュレーター信号を送るトラックのセンドレベルや、EVOC 20のInput Levelノブで調整しましょう。
プリセットの活用とカスタマイズ
EVOC 20には多くのプリセットが用意されています。まずはプリセットを試してみて、どのような効果が得られるのかを確認するのが早道です。
気に入ったプリセットが見つかったら、それをベースに各パラメータを調整していくことで、オリジナルのサウンドを効率的に作ることができます。プリセットがどのようにパラメータを設定しているかを分析するのも、理解を深める上で役立ちます。
まとめ – EVOC 20でサウンドの可能性を広げよう
Logic ProのEVOC 20 Filterbankは、単なるボコーダープラグインに留まらない、非常に強力でクリエイティブなサウンドデザインツールです。ボコーダーとしての定番の使い方から、フィルターバンク、内蔵シンセとしての活用まで、その可能性は無限大です。
最初はパラメータの多さに圧倒されるかもしれませんが、基本的な仕組み(モジュレーターとキャリア)を理解し、各セクションの役割を把握すれば、必ず使いこなせるようになります。ぜひこの記事を参考に、様々な使い方を試し、あなたの楽曲制作にEVOC 20を取り入れてみてください。きっと、これまでにないユニークなサウンドとの出会いが待っているはずです。
理論を学ぶことも大切ですが、実際に触って音を出しながら試行錯誤することが、EVOC 20のような多機能プラグインをマスターする一番の近道です。色々な信号を入力し、パラメータを大胆に動かして、その変化を楽しんでみましょう!